忘れないように
独り言
— マルチーズおばさん (@n0905nm) 2022年8月18日
我慢していたことたち
いつからだったかは忘れたけど、小さい頃から我慢ばかりしてきたなと思う
その反動で大人になってから好き勝手しすぎて色々な人に迷惑ばかりかけている
父は私が中3の頃に家を出て行ったが、それまで一緒に家族4人で暮らしていた
父は怒ると手のつけられない人だったので一緒に暮らしていた間、私は家の平和のためだけに父が怒らないよう常に気を張っていた
家も家族も好きだったので外に出るとか私がグレるとかそんな選択肢は最初から存在しなかった
そんな風に守っていたはずの家族も結局はバラバラになってしまったけれど
私は中高一貫の私立の学校に通っていた
お嬢様学校なんて呼ばれていたりして、そんな大層な所ではなかったが裕福な家庭で暮らす子は周りに多かった
うちが貧乏だったわけではないが正直周りが親に金銭で甘えられる事がとても羨ましかった
妹はバレエを習っていたしお金はあった方だったかもしれない
親は必要なものは言えば買ってくれていた
でも私は変な所ばかり遠慮しいだったので電子辞書も新しい制服も買ってなんて言えなかった
中学生の妹は電子辞書を持っていたが、私は中高の6年間電子辞書を買ってもらうことはなかった
一度母親に買おうか?と聞かれた事があったが紙の辞書があるから大丈夫、と断ってしまった
学年で電子辞書を持っていないのは私1人だけだった
授業中に当てられた時紙の辞書で探すのが遅いと先生に電子辞書持ってないの?と言われ教室で少し笑いが起こったのを覚えている
制服もジャージも6年間着続けた
袖がぼろぼろなので恥ずかしくていつも腕の部分を折って着ていた
今となってはそんなことを我慢したり言えなかった自分が悪いとしか思っていない
電子辞書と制服の話を大人になってなんとなくした時に、気づいてあげられなくてごめんねと母に謝られた事がある
正直ますます悲しくなるのでやめて欲しかった
他の人にも涙目になられた事があったのでこの話を誰かにするのはその時にやめた
悲しかったことを話すのは、謝ってほしいとかわかってほしいとか同情してほしいからではない
ただ黙っているといつか悲しい気持ちでいっぱいになってしまって普通に生きていけなくなるのが怖いから吐き出してしまいたいだけ
最近は自分の中の悲しい気持ちがいっぱいになって攻撃的になった時、誰かを傷つけてしまうのではないかと自分が怖くなる
だからこそ私のこういう話をただ頷いて聞いてくれる人に出会えた時とても救われた気持ちになる
今年から実家に帰ってきて暮らしていて、去年よりは絶対に安定した普通の生活ができているし、心身共にここ数年で1番マシなのにやはり根底にある暗い気持ちが消えることは無い
切り替えが上手くなってきて、そういう気持ちになってもすぐに前向きな気持ちになれていたので、今月に入って何もかも上手くいかなくてついにここ2日間外にもでずほぼ寝て過ごして久々に死んでしまいたくなるくらい辛い気持ちになった
こんなことを言ってもどうにもならないし仕方ないのだけど、言うだけタダでだれもこんなもの読んでいないのだからここでくらい許してほしい
誰に許しを求めているかさえもわからないけれど
明日からは仕事に行かなきゃいけないし、これ以上休むわけにもいかない
何よりそんなことをしたら私自身が私の事をもっと嫌いになってしまう
私は母とわんこが生きているうちは自分のことを大事にして生きていくと決めているので、こんな事を考えたりするのは一旦今日で終わりにしなければならない
大丈夫、私ならちゃんとできる
そう思わなければ生きていけない
思い出しても仕方がないこと
大雪の日は耳が痛くなる
多分気圧の関係だろうけど、精神科に通うようになって年々気圧に弱くなっている気がする
耳の痛みと吐き気がひどい
こういう日は子供の頃にあった悲しいことばかり思い出してしまう
気圧のせいだから仕方ないと言い聞かせても具合は悪いし涙は出てくる
大人になってから起こった理不尽な事や悲しい出来事は大体自分の中で消化して寝て起きたら忘れられている事が多い
幼少期の頃のことはいつまで経っても消化できず調子の悪い時に思い出してしまうのはどうしてなのだろう?
もっと上手く言葉にできていたら、今みたいに対処の方法がわかっていたら少しは違ったのだろうか?そんな考えても仕方がないことばかりが頭に浮かんでくる
調子の悪い日は出来るだけ考えるのを休んで、涙が止まらなかったら眠剤を飲んで寝てしまうのが1番いい
自暴自棄になったり人に迷惑をかけるよりはマシだと言い聞かせて、寝逃げによってここ半年はODも自傷行為もせずに済んでいる
いつまでも子供じゃないし歳だけで見ればもういい大人なので、ずっと泣いてるわけにはいかない
楽しい出来事はわざわざ人に話さなくても満足できるのに、悲しい事はどこかに吐き出さないと徐々にしんどくなるの不思議だな
小5の冬、耳が痛いという私を連れて母が知り合いの家にお米を貰いに行った時があった
私は5キロのお米を抱えて母と友達の家に遊びに行った妹を徒歩で迎えにいった
耳が痛いことを伝えると母は気のせいだと言った
母も子育てに疲れていたのだと思う
私がたまに変なことを言うと気のせい、とか思い込みだと言われることがあったのでその日もその様に言われたのを覚えている
私は耳が痛くて早く家に帰りたかった
小学5年生だったので1人で家に帰ることはできた
でももう少しだから待ってと言われ、妹を迎えに行った先の玄関で親たちの話が終わるのを待っていた
私は鈍臭い子供だったから紙袋の口が開いているのに気付かずにお米の袋を持ち直そうとした
当たり前にお米はその家の玄関にぶちまけられて私は怒られた
母はかなり怒っていて怒鳴られたと思うけど耳が痛すぎてあまり聴き取れなかった
その日は部屋から出てくるなと言われて次の日まで部屋から出なかった
見たいドラマがあったけれど耳が痛くてすぐ寝たと思う
たまにこんな事を思い出しては涙が出てきてしまう
母も年々丸くなり昔とは少し違うので今更こんな事を言ったところで何にもならない
だからわざわざ話したりはしないけれど、私だけがずっとその場に取り残されている様なそんな気持ちになる
気圧をどうにかする事はできないし、もう調子の悪い時があるのは仕方がない事だと思っているけれどこれからの仕事や生活のことを考えてしまい不安になった
寝て起きたら気持ちが切り替えられているといいな